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初午の祭りと、雑多に月舘町の神明神社のあれこれ

2月26日は初午の日。伊達市内では、毎年消防団が火の用心を呼びかけ、火の用心のお札を配ってくれる日です。

その翌週3月4日、月舘町ではそれとはまたちょっと違った初午の祭りが行われました。


DSC_0886.jpg DSC_0885.jpg

町の屯所の隣に作られた祭壇。…狐の置物?





説明しましょう。月舘町の「初午の祭り」とは
火の用心を呼びかけ、火伏せを祈願するお祭り。

初午の祭りは全国あちらこちらで行われますが、地域によって趣がまったく異なります。
もとは豊作祈願のお祭りだったようですが、それに稲荷信仰が結び付き、更に火の気の多い時期だとして
火伏せを祈願するお祭りにもなりました。

先ほど地域によって赴きが違うと述べましたが、月舘町の初午の祭りもその例に漏れず、独特です。



初午の祭りの前夜、町の青年達が神明神社に保管してある「お狐様(写真右)」を氏子の家の前に置いて歩きます。
昔はこのときに、悪戯をしながら置いてまわるのが慣例だったようですが、ちょっと度が過ぎた悪戯もあったようですね。今はそういった悪戯もほとんど無くなったようですが…

お狐さまは、稲荷信仰からきたものが形として残っているよい例ですね。




お狐様は、その家によって、形や大きさ、入れ物も様々です。家の前に置かれたお狐様を、家人は早朝神棚に祀って小豆まんまや煮しめをお供えします。

DSC_0906.jpg DSC_0955.jpg hatuuma
昼、祝詞をあげてもらった後、お神輿が町内を練り歩きながら、お狐様を預かっていきます。氏子のみなさんは、狐を預けた後はお神輿をそのまま追いかけたり、お神輿が遠くなるのを見守ったり。
その後、お狐さまはまた神社に奉納します。

ざっくり説明すると、お狐さまは、前の晩に民家の前で野宿し、朝ごはんだけ食べて神輿と一緒に神社に帰っていきます。

DSC_0935.jpg
途中、法印ころがしと言うところに留まり、また祝詞をあげてもらいます。

DSC_0978.jpg
月舘で「まちうち」と呼ばれる店屋が並ぶ通りをぐるりとまわり、また神社へ戻ります。

夜は神楽(写真の獅子のかぶり物)が家々をまわって悪魔祓い。神楽は昔は一体でしたが、まわる家が多いために二体に増やし、二手に分かれ家を訪問するようになったそうです。どちらも愛嬌のある顔なのです。




さて、この月舘町の初午の祭りには、ひとつ昔話が伝わっています。
それはこのお祭りが今でも続いている理由でもあり、途中で立ち寄った「法印ころがし」という場所と関係があります。

安洞霊神の話 
月舘の字町に法印屋敷という所がある。
 今から150年程前、文政の頃、ここに秋山という法印様が占いをしたり、呪いなどをしたりして暮らしていた。
 ふだんは大変良い人だったが、とても酒が好きで、暇さえあれば朝から晩まで酒をのんでいた。普段はおとなしいのだが、酒をのむところりと変わり、別人のように暴れ出して誰の言うことも聞かないのだった。

 安政4年2月、初午の日、ちょうど若者達が初午の祭りをしていたところに、その秋山法印が暴れ込んで来た。
若者たちは常日頃この法印にさんざん悪口を言われたり、暴れられたりしていたので、ついに法印をとり囲んで足腰立たない程痛めつけた。
やがて夕日も落ちて暗くなりかけるころになったが、法印は倒れたまま動かない。法印はそのまま死んで冷たくなってしまった。

 町の若者達は、あわてた。その頃は代官の取り調べがとても厳しく、お上へ届け出れば自分たちがどうなるか分からない。
 そこで若者たちは相談して、法印が酒を飲んで山道を歩いているうちに足をすべらしてがけから転げ落ちたようにしようということになった。夜が深くなるのを待って山の方へ運こび、月舘と御代田の村境から御代田の方へ転げ落としました。
 それから間もなく、法印の屋敷近くから火が出て、町の大半が焼けるという火事が起きた。その後、引き続き三回も火事が起こり、部落の人たちは非常に困った。 そして誰言うとなく法印の死骸のあった所を法印ころがしというようになった。

更には「秋山法印のたたりがあって字町に火災が起きるのだ」と、いう噂が広まった。
 だんだんとおそろしくなった町の人々は相談して、秋山法印の霊を安洞霊神としてまつることにした。
神明神社の境内に秋山白雲霊神の碑を建て、毎年旧暦の2月13日の命日にお祭りを行うことになった。それからは火災もなくなり、年中休みなく毎晩立番をして、夜警を行っている。



DSC_0892.jpg
こちらがその「安洞霊神」の石碑。
法印ころがしとは、無くなった法印を事故死に見せかけるために、転げ落とされた場所なのです。
法印ころがしなどであげる祝詞は、この「安洞霊神」を鎮めるための祝詞です。

一度廃れそうになったものの、幸か不幸か火事により復活した月舘町の「初午の祭り」。
年々町内でも人口が減り、参加人数も減少しているようですが、これだけ特色のある祭り。末永く続いてほしいものです。




余談ですが、この安洞霊神の石碑は「神明神社」敷地内にあり、お狐さまを保存しているのも神明神社。
http://www.tsukidateism.jp/about-tsukidate/2011/01/post-45.htmlグリーン・ツーリズムのHPより「神明神社」
お狐さまは、HPではお稲荷さまと紹介しています。どちらの名前でも呼ばれているようですね。

神明神社の祭神を見てみると
産狭智命(彦狭知命、おそらくヒコサシリノミコトのことでしょう)、八意思兼命、手置帆負命、どの神様も天照大神が岩屋に隠れてしまった際に活躍しています。
天照大神に関連する神社=神明神社ですので これらの神様はひとまとめにさせていただきましょう。
ここに明治元年、稲荷神社を合祀、
更に明治35年、出雲大社の大国主大神の分霊を移し祀っており
そして安洞霊神が敷地内に同居しています。
また、馬頭尊や雷神、庚申講、水神(または巳待供養の主尊)などの神社などにはおなじみの石塔の数々。

この初午の祭りはおおむね稲荷神社と安洞霊神の祭りと考えていいのかな。

神様の同居はよくあることなのですが、月舘町では神明神社が最多同居数ですね。
あまり広いとは言えない境内なのできゅうきゅう詰めじゃないか心配だ!




ちなみに三柱の神様のお祭りはおそらく7月の夏越祭かと思われます。
大国主大神は…ちょっと資料不足でどんな感じでやっているのかわかりませんが、きっと他の神様方とも仲良くしているはずです…。





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月舘GT

Author:月舘GT
つきだてグリーン・ツーリズムです。福島県伊達市月舘町を中心に活動しております。主にイベントや月舘の情報、四季などを紹介していきます。 たまに月舘町外へのお出かけも。
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