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むかしばなし、始めました。


もういくつ寝るとお正月、いかがお過ごしでしょうか。

つきだてグリーン・ツーリズムの冬の教室・体験ではしめ縄や門松の教室を実施、
参加者のみなさんには様々な正月飾りを作っていただきました!
CIMG1903.jpg
松竹梅そろえておめでたいお正月を迎えましょ。
しめ縄や門松は参加者さんにお持ち帰りしていただいて、おうちに飾っていただく予定です。

ちなみにこの門松(完成品)や、また、輪締め、ごぼう締めなど、いろいろな種類のしめ縄は
つきだて交流館もりもりで現在販売中!






さて、今回は月舘町上手渡地区に伝わるお正月の昔話をご紹介します。


「門松を立てないお正月」

 これは、上手渡のある旧家に伝えられていた、今から600年以上前のおはなしである。
 時は後醍醐天皇の頃、元弘元年(西暦1331年頃)南北朝の戦いに、
上手渡から石川掃部頭(ほうきのかみ)時房という人が新田勢に加わり、笠置山に出陣。以来59年間にわたって、大小の戦いが続いたという。

 さしものこの長い戦いも元中九年(1390年頃)に終り、時房はこの時出羽国本道寺で終戦を迎えた。
 その年の春、時房とその郎党は望郷の念止み難く、懐かしい故郷、遥かなる陸奥国上手渡を指して出発した。出陣時の若武者も、今は既に翁の面をしていた。

 道中秋も過ぎ、そしてようよう上手渡の地に着いたときは雪の降る大晦日の深夜であった。
このような事で何の御馳走もなく、門松を迎える準備さえないまま元旦を迎える事になった。

 時房たちは、苦しかった長い長い戦の事を懐かしみながら、なお無事で帰った事を記念し、これを子孫にも永く伝えようと誓い合った。
それから600余年過ぎた今日でも、未だに門松は迎えるが立てない風習となって今日まで伝えられている。


出典:月舘町伝承民話集





門松を飾らないという伝承・民話では、姉埼神社の支那斗弁命(しなとべのみこと)のお話が有名かもしれませんね。
「待つ」に通じる松が忌まれるようになったため、あちらでは門榊という榊でできた飾りを飾るのだとか。




月舘町近辺にもいくつか、代々門松を飾っていないというおうちがあります。理由は前述したようなお話や、年末に不幸があり、それ以来我が家では門松を飾らないようにしている、といった話が多いですね。
全く同じではないのですが、このお話には盆棚Ver.があったりもします。


最近ではクリスマスはツリーを飾るのに、お正月の飾りは無い…というおうちがあって寂しい限りです。
年末年始の彩りが!
年神さまが来た気がしない!
せめて紙の門松だけでも飾りましょうよ…!

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月舘GT

Author:月舘GT
つきだてグリーン・ツーリズムです。福島県伊達市月舘町を中心に活動しております。主にイベントや月舘の情報、四季などを紹介していきます。 たまに月舘町外へのお出かけも。
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